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善意の第3者に対抗できない


会社法の第11条第3項に、
支配人の代理権に加えた制限は、善意の第三者対抗することができない。という規定があります。
英語は、
No limitation on a manager's authority of representation may be asserted against a third party without knowledge of such limitation.
(出典:日本法令外国語訳プロジェクト)

最後のof such limitation は、日本語の原文では善意の第三者としか書いてないので、特に必要ないつまり蛇足だと思いますが、蛇足というのはあったから意味が変わるということでもないので、今日のブログの論点はそこではありません。

論点は、法律の条文、特に民法などで頻出する「善意の第三者」と「対抗」の英語訳です。

善意の第三者は、法律に慣れていない翻訳者の方はたいてい a third party in good faith と訳します。これが実は間違いです。一般的な法律の文脈以外では、善意とは、誠意とほとんど同じような意味なので、誠意に対応する英語のgood faith で問題ありません。しかし、法律の文脈で善意というと、その事実を知らない、という意味と確定的に解釈されています。それ以外の意味を持たせてはならないのです。法律の用語は、その性質上リーウエィを持たせないので、定義以外の意味で用語は使われてはなりませんし、間違いでない限り、使用されることは基本的にありません。

日本の近代の法律は、例えば民法はドイツ民法とフランス民法の影響を受けて作成されています(日本で近代的民法典を作ろうとしたときに最初フランスの法律学者に草案を起草させたのですが、異論が起こり、これを棄却して結局ドイツの民法をベースに一から作り直したと習いました)。従って、用語については借り物、つまり翻訳語が多い傾向にありますので、善意ももとはドイツ語を訳したものだと思うのですが、そこでは善意にはgood faith の意味がありました。しかし実際に日本の法律の中で「善意」という用語を法律的に定義しようとしたときに、善意と善意でない線引きを引こうとしたとき、どこまでが善意かというのは非常に客観性に欠け、法律用語としては不都合でした。それで、善意というのは、判例などにより客観的に証明することができる「知らなかった」という状態に固定していった。というのは、非常にもっともらしい話ですが、私の勝手な作り話です。この作り話はさておき、事実として法律の世界では「善意」は法律以外の世界でいう「善意」の意味は全くありません。客観的にそのことを知らなかった、という事実状態を指します。
それで、善意の第三者は a third party without knowledge です。条文の文脈により、 a third party in good faith となることは絶対にありません。法律又は法律にかかわりの深い文脈の中で、善意の第三者を a third party in good faith と訳した英訳はす・べ・て誤訳です。(ちなみに、逆に知っていた場合は「悪意」です。同様に倫理的な含みは全くありません。a third party with malicious intentは誤訳で、bad faith, ill intentなども同様に全て誤訳です。)

民法でこれまたよくでてくるのが、善意の第三者に対抗できない、あるいは対抗できる、という話です。例えば、あなたが不動産を所有しています。ほんとうの所有者はあなたなのですが、なぜか登記簿ではBさんの所有になっていた。登記簿にどう載っていようが、あなたが真の所有者であればBさんに対してこれは私のもの、と主張することができるでしょう。これを登記には公信力がない、といいます。ところが、この不動産がほんとうはあなたのものだと知らずに(知らない、つまり善意)登記簿の記載内容を信じてBさんから第三者がこの不動産を買ってしまったとき、あなたがこの善意の第三者に対しても、これ私のだから返して、と主張することができるかどうか、という点は別の争点になります。この善意の第三者にも自分の所有権を主張できることを「対抗できる」と言い、最早自分の所有権をこのような第三者には主張できなくなったとしたら、これを善意の第三者に「対抗できない」といいます。翻訳では、~ may (may not) be asserted against a third party without knowledge になります。

ついでに、このように対抗できるための要件を備えることを条文の中ではしばしば「対抗要件を具備する」という表現がしてあります。「対抗要件を具備」すれば、他の人が自分の権利と相反する権利を主張したときにも、法律の前で自分の権利を断固主張することができることになります。上の不動産の例でいえば、当該不動産が自分の所有であってその事実を正しく登記すれば、対抗要件を具備したといえると思います。具備というのは、一般的な意味ではequipとするでしょうから、equip oneself with assertion requirementsとすればよさそうですが、実際にはこのような翻訳はほとんど見たことがありません。対抗要件を具備するというコンテクストでは対抗要件と具備を分けずにひとつの用語として捉えて特定の動詞にするのが一般的で、対抗要件を具備することをperfectとあてています(動詞)。対抗要件の具備(名詞)はperfectionです。日本語の契約書の中などでこの対抗要件を具備するという表現が現れることがあります。

法律は各国で違うので、法律概念を他国語に訳したときに、訳された言語を読まれているオーディエンスにとって用語の用法について少し違和感があることもあるかもしれません。例えば、日本の契約は双方の意思が重視されていますので、意志にそぐわない外形を作り出したとき、例えば登記簿の内容が実際と違う場合に基本的には実際を真実と位置付けますが、読んでいる人の国によっては登記簿の記載内容の方がすでに真実という解釈をする国もあるでしょう。そのような法構成では、対抗要件の具備という概念がperfectと重ならないかもしれません。それは2国間の異なった法律・慣習の言葉を訳そうとするときに内在的な困難であり、この場合に訳が間違っているということではありません。

善意の第三者a third party without knowledge
悪意の第三者a third party with knowledge
対抗できるmay assert against
対抗できないmay not assert against
対抗要件を具備するperfect
対抗要件の具備(名詞)perfection

永江俊一

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